コロナ禍に誕生したイタリアン食堂。少しでも多くの人に知ってもらうために始めた委託調理サービスとは。
公開日:2022/3/31
北海道札幌市の中心部に2020年4月にオープンしたTrattoria e pizzeria Cosa mangi?(トラットリア エ ピッツェリア コザマンジ)。ローマやシチリアで修業を積んだ、オーナーシェフの西村恒佑氏が、日本で本場イタリアの味を気軽に味わってもらえる店を作りたいと、約10年の構想を経てオープンした店だ。新型コロナウイルス感染症の脅威が迫る中、少しでも店を軌道に乗せるために他とは違った施策をと打ち出したのが、お客さんに持ち込んでもらった食材で、リクエストを聞きながらテイクアウトメニューを作る委託調理サービスだ。緊急事態宣言や蔓延防止策など紆余曲折を経ながら、今日にいたるまでどのような思いや葛藤で店を守ってきたのか、同氏に話を伺った.
オープンと同時に緊急事態宣言。運転資金もままならず先行きの見えない船出に。
北海道・札幌市緊急事態宣言が発出されたのが2020年4月16日。そのわずか11日前にオープンしたTrattoria e pizzeria Cosa mangi?。2月に起きたダイアモンドプリンス号の一件から少しずつ雲行きが怪しくなり、北海道は全国に先んじて2月末から3月中にかけて道独自の緊急事態宣言も発出していた。そんな中、オープンを断行したとも言える経緯について、西村氏は当時を振り返る。「本当は店を3月にオープンするはずだったんです。1月に物件の契約をして2月から内装工事が着工した頃に、少しずつ雲行きが怪しくなってきて。運転資金の融資を申し込みしていたところからも『大丈夫ですか?回収できますか?』と、追加のヒアリングが入るようになり。でも、もう工事も始まっていましたからね。延期したところで先行きが見えないのは同じだし、オープンさせてから考えようと1カ月遅れの4月5日オープンを決定しました」。そかしその直後に発令された緊急事態宣言。当初予定していた資金も回答が得られないまま休業を余儀なくされた。

休業中にかつての寿司職人から得たアイデアでお店のプロモーションを決定。
「休業中はこれからどうしようかずっと考えていました。他と同じことをしても仕方ないですし、何よりオープンしたばかりなので、うちの店を知ってる人がほとんどいない。とにかくまずは知ってもらう、そのためにはどんな方法が良いか模索していました」と西村氏。そんなときにヒントを得たのが、たまたまテレビ番組で見かけたという、戦後の寿司職人の話だった。当時GHQが管理をしていた外食券を持つ人に食事が提供できる食堂や旅館、喫茶店以外の飲食店が営業停止に追い込まれたことがあった。その時、日本の食文化を何としてでも守りたいと考えた寿司職人たちが、お客さんに米を持ってきてもらいそれを加工するという委託加工を思い付き、自分たちの店は寿司を出しているわけではないと営業を続けた、というエピソードだ。「これ、いけるかも!って思ってテレビに釘付けになりました。お客さんに食材を持ってきてもらって、どんなものが食べたいのかリクエストを聞きながら料理を作る、いわば委託調理のシステム。すぐにこのアイデアをそのまま使わせてもらうことにしました」。
新聞やテレビに取り上げられ、お金をかけずにお店を知ってもらえるキッカケに。
5月に店を再開し、すぐに委託調理サービスを導入。創業当初からのパートナーである西村さんとSNSを毎日更新し続けることもこのころから開始した。「委託調理サービスをスタートして、地元の新聞社さんが取材に来てくれて、この取り組みを紹介してくれたんです。そうしたら、今度はテレビでも取り上げてもらえて、それを見た方からの反響が結構大きかったですね」。実際に魚や肉などを手に「これ、調理してもらえますか?」と店を訪れる客が増え、どんな感じのものが好きなのか、煮るか焼くかなど大まかなヒアリングをした後、約1時間かけて調理しテイクアウトしてもらう。通常テイクアウトは店で食べて帰るよりも割高で提供されることが多いが、同店はパスタの場合テイクアウト1人前が1,000円ほどかかるところ、食材を持ち込めば600円程度に割引されるのも利用者の心に響いた。加えてコロナ禍となりいつも外食で済ませていた人や、料理ができない人、料理に疲れた人など委託調理のニーズは想像以上にあったという。このことがきっかけで初めてお店に足を運んでくれた人が、緊急事態宣言後に店に食べに来てくれたり、同業の間でも何でも相談できる友人ができるなど、取り組んだことで得られたものは大きかった。「委託調理サービスで売り上げが当初の予定通り立ったわけではないですが、多くの目に見えない財産を得ることができました。何より運用資金もままならない中、新聞やテレビに無料で取り上げてもらえたことは、あの頃の僕にとって本当にありがたかったですね」。現在は通常営業となり、委託調理サービスは行っていないものの、未だに「委託調理ってやってもらえますか?」という問い合わせが入るという。
遠い将来であっても夢を叶えるために、不透明なコロナ禍の波を乗り切る。
先行きの見えないコロナ禍に誕生した同店。ようやく店も軌道に乗り、今後やりたいことや目指していきたいことを伺った。「まだまだ不安定ですし、もっと強固な基盤を作らないといけない時期なので遠い先の話ですが、イタリアで修業していたころに僕自身がよく食べていたピザやサンドイッチを量り売りして気軽に食べられるような、ストリートフード店を出せたらいいなと思っています。イタリアのリアルな食文化をもっと多くの人に知ってほしいですし、これまで知り合った仲間たちと面白いことをやっていけたらいいなと。それを叶えるためにも、コロナ禍の波を乗り切りたいと思っています」と西村氏。店内には「お口を真っ黒にして食べてね!イカ墨スパゲッティ」など、遊び心あふれる看板メニューが飾られていて、コロナ禍でありながらも店や西村氏から悲壮感がまったく感じられない。これから先、誰も予測できないコロナ禍をどんなかじ取りをしていくのか、注目したい。
