新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、惜しまれながらも閉店した人気ラーメン店がキッチンカーで復活!
公開日:2022/3/31

2020年4月18日──創業から50年以上、仙台で愛され続けてきた老舗ラーメン店『味よし国分町本店』がその幕を閉じた。東北屈指の繁華街である国分町で深夜まで営業をし、“締めの一杯”を提供してきた同店を、新型コロナウイルスの感染拡大が襲ったのだ。多くの常連客からの引き留めを振り切る形での閉店となったが、先代と共に店を切り盛りしていた氏家 剛氏の飲食への情熱は完全に消えたわけではなかった。そんな同店がキッチンカーで復活を遂げるまでの軌跡と、それを支えた数多くのファンたちへの想いを取材してきた。
コロナ禍で東北一と名高い繁華街から人が消え、売上は通常の4分の1にまでダウン。
1966年、先代が仙台市三番町にてラーメン店『味よし』を開業。カウンターのみの小さな店舗で、ラーメンと焼そばを提供する店としてスタートを切った。4年後、少し広い店舗へ引っ越すと、ラーメンに加え和食や洋食も出す大衆食堂へとモデルチェンジ。たくさんの出前が入る人気店となった。しかし、先代はラーメン1本で経営を成り立たせたいと考え、東北屈指の繁華街・国分町に1975年移転。若い頃に食べたメンマがのった細麺のおいしい味噌ラーメンをここで──と試行錯誤を重ね、現在につながる味よしの味噌ラーメンが誕生したのだ。その味は多くの人々を魅了し、店には連日行列ができるように。1997年には3店舗まで拡大したがバブル崩壊の影響は根強く、国分町店のみに絞った形で経営を続けることとなった。「以前の国分町は常に大勢の人でごった返す繁華街。先代である父と切り盛りしていた店には、芸能人や野球選手が来てくれたこともありました。しかし、地下鉄の開通などで人の流れに変化が起こった上に、こってりとしたラーメンが好まれるようになり、私たちのような昔ながらの味わいの店からは客足が遠のいていったのです。それでも“締めの一杯”が楽しめる店として営業を続けられていたのですが、2020年に新型コロナウイルスが感染拡大。国分町から遠くない一番街でクラスターが発生したことで街からは人が消え、売上は急落。ひどい日は通常の4分の1にまで落ち込みました」と氏家氏は2年前を振り返った。

閉店から3ヶ月──キッチンカーでの再起という新たな目標に向かい動き出す。
「このまま続けてもいずれ借金をすることになる。そうなる前に廃業しよう」先代の判断により2020年4月、多くのファンに惜しまれながらも閉店。国分町に移転して45年目の出来事だった。「正直、店を維持するのは難しい状況でしたし、この頃は助成金に関することもはっきり決まっていなかったので、廃業の提案を受け入れざるを得ませんでした」と氏家氏は語る。その後は調理師の資格を活かした就職を目指してハローワークに通うも、時はコロナ禍。どの飲食店も苦戦を強いられていたため、希望を叶えることはできなかった。「そんなとき妻に“本当はどうしたいの?”と聞かれたんです。私は正直に“今は収入のためにどこかで働くけど、いずれは店をやりたい”と答えました。すると妻は“本気でそう思うなら、全力で手伝うよ!前からキッチンカーがあったらいいよねって言ってたじゃん。キッチンカーやろうよ!”と背中を押してくれたのです」と氏家氏は現在のスタイルに舵を切ったきっかけを教えてくれた。そして、閉店から3ヶ月後の7月初旬。起業の相談にのってもらうために、仙台市産業振興事業団を初訪問。キッチンカーでの復活を、縁の下からサポートしてくれた担当者と出会うこととなる。

行政の担当者から広がる縁とアイデア。全国の方からのクラウドファンディングでの支援も!
「私たちのプランを伝えると、仙台市産業振興事業団の担当者さんはキッチンカー製作にも携わっているイベント制作会社を紹介してくれました。代表の方と話す中で、キッチンカーの運営に関する知識を増やしながら、キッチンカーのレンタル・製作・販売を行う会社さんに見積もりを依頼しました。同時に産業振興事業団の担当者さんと、融資を受けるのに必要な創業計画書の見直しや、クラウドファンディングの実施に向けた計画を進めていきました。創業計画書はイベント制作会社の代表者さんが何度も隅々までチェックしてくれたおかげで、日本政策金融公庫の方が“直すところがない”と言うほど完璧なものを提出することができました」と氏家氏。クラウドファンディングは2021年1月20日に開始し、わずか21日で目標金額を達成した。「仙台だけでなく遠いところだと九州の方など、びっくりするほど多くの方が支援してくれて本当にありがたかったです。産業振興事業団の担当者さんはリターン品の相談にものってくれたのですが、意外だったのが店舗で使っていたどんぶりを使うアイデア。捨てるつもりだったものが一番人気のリターン品になったのは驚きでした」と氏家氏は教えてくれた。

仙台だけでなく様々な場所に自慢のラーメンを届けたい。東京のイベント出店も目標のひとつ。
キッチンカーの本格稼働前に、前出のキッチンカー製作にも携わっているイベント制作会社の紹介でイベントに出店。そこで氏家氏は、味よしがいかに多くの人に愛されていたのかを目の当たりにすることとなる。「イベント中、味よしのブースは2日間とも長蛇の列。予想の倍以上の食数を売り上げました。レジ係をしていた妻は、再建を願う方からたくさんの励ましの声を頂戴したそうで“この味を残したい”という想いがますます強くなりました」。その後、無事に融資も通り、味よしは2021年2月キッチンカーで新しい第一歩を踏み出す。「テレビ局各社が復活を紹介してくださったこともあり、公式SNSは1日でフォロワー数が1000人を突破。ダイレクトメールやメッセンジャーで、イベントへの出店依頼くださるお客様もいらっしゃいました。実際に稼働してみると、排水や給水の設備を増強したり、換気扇を業務用に変えたり、網戸をつけたり…と次々と課題が出てきましたが、食べてくださった方の笑顔がなによりのやりがい。お客様が持ち運びしやすいように、汁なしの新メニューも開発しました。現在はパチンコ店や野菜の直売所の駐車場を中心に、イベント出店や老人ホーム、病院、福祉施設などにも出張しています。」と語った氏家氏は、お客様の笑顔と“おいしい”の声をエネルギーに、今日もオレンジ色のキッチンカーを走らせる。