第11回 東京湾を知り尽くす漁師の匠 鈴木 忠之さん(カマス網漁業/江戸川区)

 東京湾には約700種の魚が生息しているといわれている。中でも、湾内で獲れる鮮度の高い魚介類は「江戸前」と呼ばれ、人気が高い。しかし、大規模な埋め立てなどによる漁場の縮小や水環境の変化から、漁獲量が大きく減少。屋形船や釣り船に業態を変えたり、兼業で漁業を行う同業者が続出する中、鈴木忠之さんは父親の跡を継ぎ約40年間、漁のみで生計を立てる、数少ない漁師の一人である。

 湾内では季節ごとにさまざまな魚が獲れるが、主に7月から9月はカマス、10月から12月はタチウオ、それ以外の時期はアナゴを、魚の生態に合わせた漁法で獲っていく。カマスは刺し網、タチウオはひき縄、アナゴは専用の筒を使う。「最近、アナゴが獲れなくなってしまった」と嘆くが、3年前から始めたカマスが悪くないという。高さ1m50cmと3mのカマス網を魚の泳ぐ通り道に壁のように仕掛け、網に刺さった魚を穫る。「カマスは脂があり身が柔らかいから、引き抜くと傷がつく。網を切るのがうちのやり方」。網の寿命は短くなるが、鈴木さんは網も自分で作ってしまう。

 10年程前から息子と一緒に漁に出るようになった。2人で同じ船に乗るカマス漁と違い、釣り糸に15本ほどの針を付け、ひき回して漁をするタチウオ漁は、2隻で行う。ここでもこだわりは光る。氷冷せず、生かした状態で豊洲市場まで運ぶのだ。「死ぬとくすむけれど、生きているタチウオは鏡のように光っている」と嬉しそうに話す。魚が、この仕事が好きなのだという。

 当たると1カ月分の収入を1日で稼ぐこともある一方で、収穫ゼロで帰る日もある。だからこそ「自分で研究してやるしかない」と鈴木さん。父からのバトンは、息子の裕太さんに託された。

 

親子で。深刻な後継者不足の中、裕太さん(右)は希望の星的存在