IPM(総合的病害虫)の進め方
2.害虫管理
自然生態系に比べ農業生態系では生物群集の構成が単純化されるため、特定の害虫が大発生しやすい環境にある。安定した生産を行うためにはさまざまな防除技術を駆使して害虫を管理する必要がある。
(1)耕種的防除
- 抵抗性品種の利用
作物には遺伝的に害虫の発生を少なく抑えるものや、寄生密度が高くても被害程度の軽い品種がある。
(例)
- クリ:クリタマバチ抵抗性品種
- 抵抗性台木の利用
土壌線虫に対して抵抗性を持つ台木に接木する。
(例)
- トマト:ネコブセンチュウ抵抗性台木
- 輪作
一般に害虫(線虫を含む)は好適な作物の連作で密度が増加する。逆に害虫が寄主しない作物との輪作で、その害虫密度を下げることも出来る。科の異なる作物との輪作を行うことで、害虫の多発生を抑制できる。
(例)
- センチュウ類対策:対抗植物(コブトリソウ、マリーゴールドなど)の導入
- 圃場衛生
圃場およびその周辺を清潔に保つ。栽培中および終了後の収穫残渣や雑草などに害虫が寄生するので、残渣の除去や雑草防除を徹底する。
(例)
- イチゴ、トマトにおける古い葉の適正な処理
- イネの周辺雑草の除去(カメムシ類対策)
- 間作・混作
同一作物を大面積で栽培すると害虫の増殖は早い。しかし科の異なる作物を同時に栽培すると、餌が制限され単一の害虫の増殖が抑制される。農薬散布時に対象の作物以外にかからないよう十分、注意する。 - 移植
作物の稚苗期には害虫の被害が顕著に出やすいので、育苗を集中的に行うことで害虫管理が容易になる。育苗圃と本圃はあまり近づけない。 - 適正施肥
窒素肥料を多用すると作物が軟弱徒長し、害虫の被害を受けやすい。また、未熟堆肥を施用するとタネバエを誘引することになるので注意する。 - 作期の調整
害虫の発生時期と作物の栽培期間をずらすことにより被害を回避することが出来る。
(例)
- ネキリムシ対策:秋ダイコンの播種期を遅らせる
(2)生物的防除
天敵および性フェロモン製剤を用いて害虫を防除する方法である。
生物的防除に利用する天敵には、農薬として登録された資材(以下、生物農薬)と土着天敵がある。天敵農薬は天敵昆虫およびダニ製剤、微生物製剤および線虫製剤に大別される。
- 干渉作用による防除
害虫の病原菌や病原菌が産生した毒素により害虫を病気にすることで防除する。ウイルス、細菌および糸状菌製剤がある。ほとんどの製剤が化学合成農薬と同じ方法で散布出来るため、天敵昆虫等より取り扱いが容易である。施設だけでなく露地でも使用される。鱗翅目(チョウ、ガ)、鞘翅目(コガネムシ、ゾウムシ等)などの大型害虫、コナジラミ類やアザミウマ類などの微小害虫およびネコブセンチュウなど対象害虫は広い。
最も多く使用されているのは細菌製剤のBT剤であるが、生物農薬の中では即効的で、化学合成農薬と同じ方法で用いられる。BT剤に比べ即効性では劣るが、糸状菌およびウイルス製剤は直接の殺虫以外、感染を繰り返すこと(水平伝播)による長期的効果も期待できる。 - 線虫製剤
昆虫寄生性線虫で、土壌等に潜む鱗翅目および鞘翅目害虫に効果がある。野菜、果樹および芝などで使用されている。 - 天敵昆虫およびダニ製剤
主としてアブラムシ類、アザミウマ類、ハモグリバエ類およびハダニ類など微小害虫を対象としている。ほとんどが施設で使用されるが、露地果樹園での利用も始まっている。長期間栽培されるトマト、ナス、ピーマンおよびイチゴなどで用いられている。害虫発生初期に用いることで長期間標的害虫の増殖を抑制する。害虫の生態や使用時期、および防除の成否の判断などに習熟を必要とする。 - 性フェロモン製剤
性フェロモン剤には雄を大量に捕獲し雌の交尾機会を減少させる大量誘殺法と、雌雄間の性フェロモンによる交信を妨げ、交尾機会を減少させる交信撹乱法がある。いずれの方法も広い面積で効果が安定する。
(例)
- アブラナ科野菜のハスモンヨトウ:フェロディンSL(大量誘殺)
- アブラナ科野菜のコナガ等:コンフューザーV(交信撹乱)
- ナシのナシヒメシンクイ等:コンフューザーN(交信撹乱)
- チャのチャハマキ等:ハマキコンN(交信撹乱)
- 土着天敵
圃場および周辺に生息する天敵のことを言う。一般に、害虫に比べ殺虫剤の影響を受けやすく、土着天敵が消滅した圃場において、今まで問題にならなかった害虫が顕在化することで重要性が認識されることが多い。天敵に影響の少ない選択性の高い化学合成農薬を使用することや、圃場周辺に天敵の増殖を助ける植物を植えることで、土着天敵の効果を高めることが できる。
(例)
- 露地ナス圃場周辺にソルゴーを植える:アザミウマ類の天敵ヒメハナカメムシ類等が増える
(3)物理的防除
- 害虫の侵入遮断
寒冷紗などの防虫ネットで、圃場への害虫の侵入を阻止する。目合いが細かいほど進入防止効果が高いが、通気性が悪くなり作物に悪影響を及ぼすことがある。通気性を改善した資材の利用や、目的とする害虫により目合いを変えるなどの対策をとる。
- 黄色蛍光灯の利用
黄色蛍光灯で照明することにより、ヨトウガ、ハスモンヨトウ、オオタバコガおよびハイマダラノメイガなど、夜間に活動する害虫を非活動状態にして加害を防ぐ。
(例)
- 冬キャベツ、ブロッコリーの育苗ハウスでの使用
- シルバーテープ、シルバーマルチの利用
アブラムシ類やアザミウマ類は銀白色を強く忌避する性質があるので、その性質を利用して飛来を防ぐ。
(例)
- 露地ネギ圃場へのシルバーマルチ敷設
- 紫外線除去フィルム(UVカットフィルム)の利用
紫外線を認識出来る昆虫の性質を利用し、施設を紫外線除去フィルムで覆う。昆虫は紫外線が除去された施設内の作物を認識できないため、作物への加害が防げる。各種の試験報告例により、アブラムシ類およびアザミウマ類では安定した効果が期待できる。
(例)
- コマツナ栽培施設の紫外線除去フィルム被覆
- 太陽熱の利用
施設を密閉して太陽熱で土中を高温にすることで、害虫や土壌線虫を死亡させることができる。晴天の日にポリフィルムを一日被覆するだけでも、アザミウマ類やハモグリバエ類や雑草の防除が可能である。東京では概ね5月から10月まで利用できる。また、各種資材を用いると土壌の深い部分の温度を高めることが可能で、この方法により線虫類も防除できる。 - 作物の除去
施設内の作物を全て除去し、一気に害虫密度を低下させる技術(リセット)。一定期間作物を植えないこと、および太陽熱と併用すると効果が高い。
(例)
- 施設栽培のコマツナでの実施
- 捕殺
ハスモンヨトウ、ヨトウガなどの若齢幼虫は集団で生息するので、発見したらすぐに捕殺する。
(4)化学的防除
化学合成殺虫剤による防除法で、次のような特徴を持つ。
- 効果が即効的で、加害を確認してからでも被害を防ぐことができる。
- 殺虫剤としての適用範囲が広いため、複数の害虫防除ができる。
- 栽培方法や面積などの違いがあっても効果が安定している。
- 一般に安価である。
- 天敵に対する影響や抵抗性の発現などの問題を生じることがある。
IPMプログラムでは標的害虫とその他の生物群集に最適な殺虫剤の選択が求められる。